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東京高等裁判所 昭和29年(う)1752号 判決

控訴人 被告人 津久井三郎

弁護人 隈元孝道

検察官 入戸野行雄

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における未決勾留日数中九十日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人及弁護人隈元孝道提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

右弁護人の控訴の趣意について。

論旨は、原審は本件につき簡易公判手続によつて審判する旨の決定をなし、爾後証拠方式等を簡略にして判決しているのであるが、右の決定をなすについては裁判所は刑事訴訟法第二百九十一条の二の規定により検察官、被告人及び弁護人の意見を聴かなければならないのに、原審は右規定を無視し訴訟当事者の意見を徴することなくその決定をなしたのは、すなわち訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすこと明らかな場合に該当するから原判決はこの点において破棄を免れない、というのである。そこで記録を査問すると、原審第一回公判調書の記載によれば、検察官の公訴事実の陳述に対し被告人はこれを認めるとともに有罪である旨を陳述し、次いで弁護人は何ら公訴事実につき述べることはないと述べ、裁判官は本件を簡易公判手続に付する旨の決定をなし、次に証拠調手続に入つており、右簡易公判手続に付する旨の決定に際し検察官被告人及び弁護人の意見を徴した旨の記載がないことは所論のとおりである。しかしながら、刑事訴訟規則第四十四条の規定によれば右の決定をなすに際し裁判所が検察官、被告人及び弁護人の意見を聴いたことはこれを公判調書の必要的記載事項としていないのであるから、公判調書にこれが記載がないからといつて必ずしも裁判所が右訴訟当事者の意見を徴しないで右の決定をしたものとなすことはできないのである。むしろ反証なき限り裁判所は右の決定をなす前提たる訴訟当事者の意見はこれを聴いているものと推定すべきであつて、この事は爾後の手続において何ら検察官、被告人及び弁護人から異議の申立等の存しない事実に徴してもこれを窺うに十分であつて、所論は到底採用し難い。畢竟論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 栗田正)

弁護人隈元孝道の控訴趣意

一、原審の訴訟手続には法令の違反があつて其の違反は判決に影響を及ぼすこと明であるから原判決は破毀さるべきものと思料す。

二、本件は被告人が其有罪たることを陳述したと云ふので裁判所は簡易公判手続による審判をする旨決定し爾後証拠調方式等を簡略にして判決を言渡した事件である。然るに刑訴法第二九一条の二によれば裁判所がかゝる決定をするには其前提として検察官、被告人、弁護人の意見を聴いた上で慎重に之を為すべき旨明定してあるに拘らず本件に於ては原審裁判所は右規定を無視し訴訟当事者の意見を徴することをせず専断的に其決定を為し爾後の手続を進行して居るのである。

三、之を記録に徴するに原審第一回公判調書に記載するところは、検察官の公訴事実の陳述に対し被告人が之を認むると共に有罪たることの陳述を為し、次で弁護人は何等公訴事実につき陳述することはないと述べたる後、裁判官はイキナリ本件を簡易公判手続に付すると決定を下し、次に検察官の証拠調請求に移つて居るのであるが其為右簡易公判手続の決定に際し、検察官、被告人、弁護人の何れに対して其の意見を徴した事実は記録の何処にも発見することが出来ない。而して公判手続は唯一公判調書によつてのみ証明されるのであるから本件原審公判手続に於ては右訴訟当事者の意見聴取の手続は履践されなかつたと見ねばならず、さすれば、原審は刑訴法第三七九条に所謂其訴訟手続に於て法令の違反を犯して居ることになり、それは最早や争の余地のない事実であると謂はねばならない。

四、而して我刑訴法は英米式アレイメントの方式を其侭採用して居るのではないのであつて、仮令被告人の有罪たることの陳述があつてもそれのみを以て裁判することは出来ず、簡易公判手続によるか普通公判手続によるかを先ず決定せねばならず其決定も亦裁判官の専断を許さない仕組になつて居る。即ち第一に比較的重大犯罪にはこの簡易手続の適用がないのみならず其次には仮令有罪の陳述が被告人から為されても簡易手続を開始するか否かを決定するに付ては其取扱に慎重な考慮が要求され、訴訟当事者の意見を先づ徴し之を充分参酌した上最後の決定が為さるべきことを定めて居るのであつて、而も一旦決定した後も爾後被告人の有罪陳述に疑問を生ずる等のことあればこの決定を取消し通常手続に引直すことある場合さへ予想せしめて居るのであつて、法律が如何に簡易公判手続の取扱に慎重を期して居るかを推察するに足るのである。従つて仮へば訴訟当事者が、簡易手続に反対の意見を有する様な場合は仮令最後の決定権は裁判所にあるとしても当事者の意見を無視する決定は具体的に出来る丈け避けるのが法の精神に合するものと思料される。

五、かゝる関係にあるに拘らず本件に於ては訴訟当事者の意見が全然無視され当事者特に被告人又は弁護人が果して簡易手続を欲して居たか否かさえ知る由もない。かくては本件の訴訟手続は被告人の防禦権を痛く侵害し居ること明白で其結果判決に影響を及ぼすに至るべきや当然の事理でなければならない。

六、本件は刑訴法第三七九条、第三九七条によつて当然破毀さるべきものと思料する次第である。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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